2013年12月12日

「三浦党の歴史・風土を芦名に訪ねて」体験ツアー

11月30日。
今日は 芦名を巡るツアーの日です。


ちらし.jpg




このツアーは 文化庁がバックアップする
「横須賀市の文化遺産を活かした市域活性化事業」のモニターツアーであり
また 毎年行なっているサンセットツアーとして企画されているツアーでもあります。

今年は大変多くの方が参加してくださいました。



準備1.jpg



午後1時の集合でしたが 参加者たちは早々に集まり始め
スタッフたちは準備に大慌て!



準備.JPG



受付のセットや販売の準備を急ぎます。





さて1時になりました。

参加者が多いので 今日は二手に分けることにしました。
 
先に浄楽寺本堂で 三浦党の話を聞くAグループと
先に収蔵庫で 運慶仏のガイドを聞くBグループに分かれて 
ツアーは始まりました。



本堂では 今日のコースの概要と三浦党の話を聞きます。


浄楽寺座学.JPG




収蔵庫では 運慶の作品五体を丁寧なガイドを受けながら拝顔します。


収蔵庫.JPG




浄楽寺の次のスポットは
芦名城の堀とされていたと思われるところの見学です。



当時の『城』というのは
住居施設としての性格が強く
館(やかた)と言うくらいのもので
周辺の田畑も 館の主人が直接経営するもので
その周りに施された堀も 水田の用水源だったりしていたそうです。


ツアー14.jpg



今も大楠小学校の裏に残っている水路は
当時 館の「堀」としての機能を持っていたものと言われています。






次に大楠小学校の向かいに残る岩山・・じょうやま・・・
芦名城館の砦と伝えられている 山を回り 
その足下に佇む庚申塔の前を通ります。




庚申塔.JPG





庚申塔のすぐ下には 芦名川があって
これも城館の東側の堀の役目をしていたと伝えられています。




芦名川1.JPG




キャベツ畑の道を抜け 少し離れて城山(じょうやま)を見学しました。


現在は山の上に大きなマンションが建っていて
『砦』というイメージとはちょっと違う景色になっています。


じょうやま.JPG




鎌倉時代の武士は 農地や農民の管理だけでなく
自分も農業を営んでいた 武装した農民だったといわれています。



城は 居住を兼ねた館であり 
田畑を抱えて農水路や川を掘りとし 山を砦にして 
城壁や城郭を築くことはしないで 
館の周りの川や山を 戦の時には堀や砦として活用されていたとのことです。


そう考えると 川や山を抱えるこの芦名の地に
三浦党の佐原十郎義連が館を構えた理由が
分かるような気がします。




城館ペラ.jpg




しばらく歩き 道は芦名海岸に出ます。

次は 十二所神社を回ります。

この神社は芦名城の鎮守としてまつられた古い神社です。




十二所.社jpg




源頼朝は妻政子の安産祈願の為に 近国の神社に
特使を派遣したそうですが その中の一つに
この十二所神社は選ばれていて
佐原十郎義連が 頼朝に代わり
参詣に訪れたと伝わっています。





つぎに 十二所神社の脇の階段を上がりました。
とても急な階段なので 途中 立ち止まりながら
息を切らせて上りました。




十二所階段.JPG




きょうのツアーは 狭い道や上り下りの多いルートで
ちょっと大変なコースでした。


でも 参加者された方たちは通常よりも多くて
どなたもとても熱心な方ばかりです。




ふらり本.JPG




「ふらりおおくす西海岸」の発刊直後だったこともあってか
ガイドのたびに 本や資料を広げたり
ノートをとったりする熱心さです。



聞いてくださる方達が熱心だと
ガイドする側も つい力がこもります。

会のスタッフたちも 日頃の勉強の成果を見ていただこうと
精一杯 ガイドに励みました。



学ぶ.JPG





今日は暖かい日差しで 海も静か。
 
十二所神社の高い境内から見下ろす芦名の海は
とても穏やかでした。




芦名浜.JPG

 


三浦党の鎌倉武士たちが 勇ましく歩いていた頃の
畑や田んぼは すっかり住宅に変わってしまいましたが
沖の海のようすは おそらく変わらずに 
こんなだったんだろうな・・・と  
海辺に並ぶ建物の無い 昔の磯のようすを思い浮かべてました。




さて 芦名の集落から 十二所神社の山を超えて
秋谷の集落のほうへ出ました。

だらだらと坂を下り 狭いみちに入り
また上り・・・。
今は すっかり人家に囲まれて その所在も草むらの中になり
ちょっと見過ごしてしまいそうなところに
岩船地蔵の社があります。




岩船社.JPG




この岩船地蔵は たびたび子供を亡くした秋谷の富農が
供養のために建立したと伝えられています。





さて 岩船地蔵の下の道を 海のほうへ進むと
キラキラ公園に出ます。



ここの公園の下は 現在住宅が建っていて
まさか足下に 古代の遺跡があるとは想像できませんが
この公園の下には 乗越遺跡が眠っています。




乗越いせき1.jpg
発掘当時の写真

 



数年前にここを造成したとき 自然の山の傾斜を使った
古い登り窯の跡が数基出てきたのでした。




norikoshiiseki.jpg
発掘当時の写真





この登り窯は瓦を焼くための窯で
その瓦は すぐそばの乗越海岸から
船で運ばれていたということが分かりました。




souzouzu .jpg




運搬先は 相模川を上って 現在の海老名市あたりにあったとされる
相模国分寺だったそうです。



国分寺の甍に使われた瓦の数々を
ここで生産していたということでした。


時代は平安時代にさかのぼるものです。





瓦の説明.JPG




キラキラ公園で これらの説明を聞きました。

海を見ると 日が傾きかけています。

キラキラ公園から眺める
きらきらの海と
キラキラの入り日です。




そろそろ.JPG






さて 高いところにある公園から下って
立石公園を目指します。




立石海岸.JPG




舗装の道や 狭いあぜ道 急な階段・・・などを
一気に歩いた足に 海の砂は心地よく感じられました。



立石駐車場を横切り 立石公園で前を行くグループと合流し
全員が集合です。





解散.JPG





最後の挨拶を終え 
楽しみにしていた立石まんじゅうを買い込み
サンセットに備えて  カメラを スタンバイ!




立石まんじゅう.JPG




今日は 幸い よいお天気で 寒くもなく 事故も無く
多い人数でしたが  恒例のサンセットツアーも無事に終了できました。



ほっとして眺める 日没は ことさらに心が癒されます。





日没1.JPG






日没2.JPG





今日は午後から半日  お疲れさまでした!





カワセミ.jpg















posted by kogera at 13:54| Comment(0) | 観察会や活動の報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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