2014年12月02日

長坂の石仏と歴史を訪ねて

このツアーは 予定されていた29日が雨で延期となり
翌日の30日に行なわれました。



雲の多いのが気になりますが 昨日よりはよい天気になり
延期して良かったかも知れません。



29日に実行されなかったことで
参加できなくなった方には残念で 申し訳ありませんでした。



集合場所にポツポツjpg.jpg



集合時間より30分も前から ボツボツ参加者たちがやってきました。
参加者の中に 小学生の姿もあります。

もしかしたら 今日のメンバーの中で 一番 元気で健脚かな?



バス停は車の騒音が喧しいし危険なので
ちょっと住宅地に入った宇内建設さんの敷地に集りました。




宇内建設さんの建物の3Fには『赤星直忠博士 文化財資料館』というものがあります。
赤星直忠博士は横須賀出身で 三浦半島を中心に神奈川県内の遺跡を発掘調査した文学博士です。


この資料館には 赤星博士が生前に残した5000点以上の遺物と
500編以上の文化資料が展示されています。


三浦半島一帯の古墳時代・縄文時代・弥生時代などの
思いがけない出土品の数々を この資料館で見ることができます。


赤星資料館.jpg


今回は この資料館の見学はツアーのコースには入っていませんが
おおくすエコミュージアムの会では 時々宇内建設さんにお願いして
資料館見学を コースにいれたツアーも行っています。





さて 今日はこの資料館前に集って 時間通り長坂のツアーに出発しました。
今回は総勢33名。


まとまって歩くのには丁度いい人数と言ったところです。


いろいろな注意事項や 今日のツアーの予定や 長坂全体の話などがあって
先ず最初に訪れたのは「やぐら跡」の庚申塔です。



DSC_0209.JPG



事前にお願いしていた F さんのお宅のお庭を拝借して
三浦一族が滅んだ後 この辺りで力を持っていた
大友氏のことや ここに残る やぐら(中世武士の墓)や
祠(ほこら)などの説明がありました。




やぐら跡.jpg




次は そこから少し歩いたところにある
古い茅葺きの門を構えた無量寺です。


この寺は 和田義盛の建てた阿弥陀堂のあったところ・・・と
言われていますが その真偽は はっきりしていないようです。


このお寺には 立派な大友氏の墓があります。



無量寺見学.jpg



車道を離れて細い道に入ります。


長坂という地域は 大楠山の裾野がゆったりと広がった
長い坂の傾斜地にある里です。


自然の形状に沿って作り上げられた田んぼや道は
その傾斜や起伏なりに作られていて
上り坂があったり 曲がりくねっていたりしながら
里の中を巡っています。



長坂の里.jpg



かつて この辺り一帯は 段になった田んぼが広がっていたといいます。


長坂は特に田んぼが多く 大楠地域の穀倉地帯だったそうです。


田んぼの稲作りには欠かせない水を確保するために
昔 長坂村では隣の芦名村との境を流れる「岩川」をめぐって
今の最高裁判所にまでいくほどの『水争い』があったそうです。




訴訟の話.jpg




この「水争い」の判定の書(写し)を広げて
民俗研究家の辻井善彌先生が読み上げながら説明してくださいました。



この書面(写し)を見ることで 争いの結末は勿論のこと
当時の長坂村や芦名村の田んぼの広さの違いや
評定を行なう人と庶民の身分の差などまでが読み取れる・・・など
その頃の社会のようすまで含めて
丁寧に説明して下さいました。





里道を歩く1.jpg





しばらくのどかな農道を歩きました。

今は 道の両側の田んぼも無くなり 
畑になっていたり荒れ地だったりしています。

でも 今でも道の脇には水路があって 元気に水が流れていて
日当りの良い段々の形状になっている畑や荒れ地のようすから
かつて この場所に広がっていた田んぼに藁葺き屋根が点在する
日本の原風景を想像しながら進みました。



そんな  昔の里の暮らしに思いを馳せながら
庚申塔や石仏をたどります。



今となっては 車の行き交う広い道路になってしまいましたが
昔は 細い農道で生活道路だったのでしょう。





道路際の庚申塔.jpg




ここに暮らした人々の 熱心な庚申信仰の証しとして
今も道路の脇にずらりと並んだ庚申塔を見学しました。




そこから次に運動公園になった場所へ行き
そこでちょっとトイレ休憩です。



この公園に沿って走る広い道路の脇にも
由緒ある庚申塔が並んでいます。





この中には 横須賀市内では最古とされる
三猿や帝釈天の刻字などがあります。



R三猿刻像最古の庚申塔?.jpg




運動公園の紅葉した桜の葉の間に
青い空が広がりました。



斉田浜でのサンセットに期待が膨らみます。



桜の紅葉jpg.jpg



公園から また くねくねと曲がった道をたどりました。


こんな機会が無ければ なかなか歩くことの無い道です。


こんなところに・・・!

たどり着いた次のポイントは 立派な石碑を据えた
祖母神社です。



祖母神社.jpg


今から350年ほど前に 今の宮崎県の姥嶽明神を
勧請したそうです。

ここで この神社にまつわる大蛇の話などを聞きました。


祖母神社から また裏の道をたどって 斉田浜まで歩きました。




運動公園では空は青くて
雲もあまりなかったので期待しましたが
何となく雲が低く 厚くなってきたような気がします。



カワセミ記者は 空を見上げたり 足元を見たり・・・。



道の脇を流れる荻野川を覗いたら
輝くようなの色の「荻野川の晩秋」を発見しました!



荻野川の秋.jpg



さあ 斉田浜まであと一息!


奇麗なサンセットが見れると良いのですが・・・。




斉田浜は大楠地域に残された 数少ない自然海岸です。

つい最近まで 海の美しさのバロメーターと言われる
アマモを見ることのできた海岸です。


日没はどうかな・・.jpg





昔 この海岸を塩田にしようとする話が
もち上がったことがあったそうです。



この浜の海草を肥料にしてた農民たちには困ったことですが
江戸時代のことですから 庶民がまとまって
お上に(おかみ)に直訴することなど
とてもできない時代でした。


ところが長坂の農民たちは 願書を握り
陣屋敷に押し掛けるまで あと一歩
というところまでいったそうです。


事態の顛末はいろいろあって 未遂に終わったそうですが 
多くの謎を残しながらも 工事は中止され
浜に塩田はできませんでした。


斉田浜1.jpg



結果 長坂の農民たちは 自分たちの手で斉田浜を守ったことになったのです・・・
というお話を聞きました。




さて 海を見やると雲の切れ間に日も出ていますが
水平線の上には厚い雲がいて どうやら 今日のサンセットはパッとしないようです。



雲が厚くて・・.jpg




今日のサンセットツアーは ここで解散 終了です。


皆さん何となく名残惜しいようすで
雲の中に ぼーっと隠された日没を眺めながら
いつまでも斉田浜にとどまっていました。


R斎田浜.jpg



皆さんどうもおつかれさまでした。

ご参加ありがとうございました。


また次回のツアーに ぜひ ご参加下さい!




カワセミ.jpg

















posted by kogera at 11:42| Comment(0) | 観察会や活動の報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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